海底電位差磁力計とは


海底に設置された海底電位差計(OBE)。
NT05-01航海にてROVハイパードルフィンにより撮影。

海底で磁場や電位差を測定するには?

磁場や電場の微弱な変化を人間は感じることができない。それを海底で測るのですから、なおさら実感しづらいところである。そこで、ここでは実際の海底観測装置を紹介し、海底での電磁場観測について、少し実感していただきたい。

海底電磁気観測は下の2種類に大きく分けられる。 ここではまず、前者の海底電位差磁力計について説明しよう。


海底電位差磁力計(OBEM)とは?

時間とともに変化する電気や磁気(=電磁場)を海で測定する際には、一般に、海底設置型の測定装置を利用する。動揺する船の上でも電気や磁気の測定は可能ではあるが、電磁場の空間変化が大きいために、測定データから電磁場の時間変化を抽出することは難しい。

海底で電磁場を測定する装置は「海底電位差磁力計」と呼ばれている。英語名の
”Ocean Bottom Electromagnetometer”の頭文字から「OBEM」と省略される場合が多い。
※最近はより短く、「海底電位磁力計」「海底電磁気計」と呼ばれることもある。

この装置の一例(写真)を右に示す(テラテクニカ社製OBEM99)。OBEMの特徴は大きく十字に張り出した腕(Arm)である。片側で約3m、両側で約5-6mにも及ぶ(もっと長い腕を使用するタイプもある)。これは海中の微弱な電位差を精度よく測定するために利用されている。腕の端には海中での電位差測定用の電極(Electrode)が取り付けられている。電極には通常、”銀-塩化銀非分極電極1”を使用する。
海底での水圧に耐えるために、電子機器はほぼ全ては耐圧容器内に納められる。写真の装置の場合は、17インチガラス球(黄色)が耐圧容器として用いられている(耐圧水深は6000m)。この片方には地磁気測定用のフラックスゲート型3成分磁力計2(Magnetometer)、2成分電位差計(Volt meter)、傾斜計、温度計、記録計が入っている。フラックスゲート磁力計は、地磁気の長周期の時間変動を高精度で記録する。また2成分の電位差計は、上記の電極間の海中電位差水平成分を記録する。これらの消費電力を低く抑えているため、このOBEMは海底で1年間の連続観測が可能である。
もう片方のガラス球にはリチウム電池(Battery)と音響トランスポンダー(Transponder)が入っている。音響トランスポンダーとは超音波通信装置である。マイクにあたるトランスデューサ(Transducer)を用いて超音波の送受信をおこなうことができ、海中のOBEMと船の距離を超音波の往復時間のから測定することを可能とする。また海底のOBEMに対して後述する”コマンド(命令)”を送信することも可能である。

実際には、研究機関や国ごとに、OBEMのデザインや機能は大きく異なる。これについてはのちに詳しく述べることにする。ちなみに上記のOBEMの概略サイズなどは別図を参照いただきたい。
(こちら >>


OBEMの設置・回収

 
OBEM設置回収アニメーション
(約0.4MB:再生はこちら
OBEMは通常、調査船から海中へ投入されて、自由落下により海底に設置される。設置前には船の甲板上で配線などの入念なチェックを受ける。また時刻や観測条件のセットアップも行われる。

OBEMを回収するときは、船からOBEMへ向けて「重りを切り離せ!」という超音波信号(切り離しコマンド)を送信する。OBEMはこの信号を受信すると、切り離し装置(Releaser)を使って重り(Weight)をフレームから切り離す。するとガラス球や浮き球(Float)の浮力により、海面へ浮上を開始する。(浮力の計算を間違えるともちろん浮いてこない)

OBEMが重りを切り離すと同時に、先取りブイ(Recovery Buoy)も放出される。先取りブイの下には約10mのロープが隠されている。水面に浮かび上がったOBEMを大きな調査船で捕まえるときに、このロープが役に立つ。OBEMが水面に浮上すると、ラジオビーコン(Radio Beacon)から電波が送信され、またフラッシャー(Flasher)が光る。こうしてOBEMの浮上位置を調査船に知らせている。

OBEMを無事回収した後は、まずOBEM内部の時計のずれを測定する。その後に、OBEM内部のメモリーに記録されている海底での電磁場データを手持ちのパソコンに転送する。これでようやく海底電磁気のデータが取れたこととなる(ほっと一息)。

※片尾浩氏(京大防災研)作成のOBS設置回収アニメーションを参考にしました(こちら)。

最新型OBEM

最新型の国産OBEMは、1つの耐圧ガラス球を中心としたシステムである3,4。これにより、メンテナンス性・ハンドリング性・価格などの面で大幅に進化した(2005年から運用開始)。


投入直前のOBEM。 サイズの概略などはこちら

 
投入前の様子。(左)OBEMの投入は船上クレーンを用いる。OBEMの上にあるフック(黄色)にはロープがつながっており、これをぐいっと引くと、フックが開放されて、OBEMは自重により海底へと向かっていく。(右)合計6台のOBEM(厳密には手前3台がOBEM、奥の3台はOBE =海底電位差計。ただし組立後の外観は概ね同じ)。OBEMの海底への設置作業時には、このように複数のOBEMを甲板上や格納庫においておき、投入の直前に十文字の腕を取り付けて、次々と海中へ投入する。 


投入時の動画です。

 海底着底時のOBE。太平洋沖合約5000mの海底。周囲には多数の「センジュナマコ」が見られる。彼らは泥の中の餌を食べながら、非常にゆっくりとした速度で移動している(動画を見ていてもわからない。早送りにして初めて分かる)。KR09-16航海にて、ROVかいこう7000IIにより撮影。

※大きいイメージを壁紙にしてみました(ダウンロードはこちら)。
  このOBEMは海底で錘を切り離し、自身の浮力で浮上する際に、十文字の腕も折りたたんで浮上するように設計されている。

(左)赤い部分が錘の電食式切離機構、矢印部分が腕の折りたたみ機構
(下)水槽での切り離し試験の様子。ダイバーが切離機構を順に操作すると、腕をたたんで浮上。
 
錘を切り離して、海面まで昇ってきたOBEM。黒く見える棒がラジオビーコンのアンテナ。ここからの電波を頼りに、海面にいるOBEMを探索する。しかし、電波で分かるのは船からOBEMへの方向だけなので、実際には人の目が頼りである。

※左図はGIFアニメーションです。
 再読み込みすると動きます。
  OBEMへ船を近づけてから、フックをかけて吊り上げる。

折りたたまれた腕はこのようにOBEM本体の下に垂れ下がっているため、海中での上昇速度は4割ほど速くなる。また調査船OBEMの近くまで寄せやすいためフックもかけやすい。
   回収後のOBEM。装置の各部位の説明も加えた。

(参考)
下記は設計時のイラストです(3DAceで自作)。実際の完成機とは異なり、OBEMの錘がアルミアングル製だったり、腕が3m/本と長めだったりしてます。またOBEの錘がOBS(海底地震計)と共用だったり、そのために腕の角度が若干V字になってますが、これも完成機とは異なっています。


設計時のOBEM(海底電位差磁力計)


設計時のOBE(海底電位差計)


参考資料

  1. Perrier, F. E., et al., A One-Year Systematic Study of Electrodes for Long Period Measurements of the Electric Field in Geophysical Environments, J. Geomag. Geoelectr., 49, 1677-1696, 1997.
  2. Forbes, A. J., General Instrumentation, in Geomagnetism vol. 1, edited by J. Jacobs, pp. 51-42, Academic Press, London, 1987.
  3. Kasaya, T. and T. Goto, A small ocean bottom electromagnetometer and ocean bottom electrometer system with an arm-folding mechanism (Technical Report), Exploration Geophysics 40, 41-48; Butsuri-Tansa, 62, 41-48; Mulli-Tamsa, 12, 41-48, 2009.
  4. 後藤忠徳・桜井紀旭・高木亮・笠谷貴史, 海底電磁探査の近年の進歩とメタンハイドレート検出への適用, 地学雑誌, 118, 935-954, 2009.