南海トラフ
南海トラフ熊野灘での海底電磁探査
西南日本の下には南側からフィリピン海プレートという海洋プレートが沈み込んでいる。西南日本の陸側プレートとフィリピン海プレートの境界は水深4000m級の深い溝(トラフ)になっていて、「南海トラフ」と呼ばれている。静岡県~宮崎県にかけて延びる南海トラフ沿いにはM8クラスの巨大地震が多く発生することが知られていて、例えば三重県沖の「熊野灘」では1944年に東南海地震(M7.9)が発生している(図1)。この時、プレート境界が大きく破壊し地震波が発生した場所=アスペリティーは図1の黄色い部分であることが地震波の観測から推定されている(※そんな古い地震波記録から推定できるのは凄い)。また津波の観測データからも、この地域でプレート境界断層が大きく滑ったと考えられている。従って、南海トラフ熊野灘海域は海洋プレートの沈み込みに伴う巨大地震発生プロセスをモデル化する上で、典型的なテストフィールドである。
図1:1944年東南海地震の震源域(右図:黄色エリア)と、海底電磁探査の
測線(赤点線)。海底観測点・陸上観測点の位置も表示した。赤いエリアは
深部低周波微動の発生域。右図中の線は等水深線(数字が水深)
南海トラフでもう一つ特徴的な現象として、アスペリティーより深部のプレート境界上部で発生している深部低周波微動(DLT)や、逆にアスペリティーより浅部のプレート境界周辺等で発生している超低周波地震(VLF)が挙げられる。これらのDLTやVLFといった「特殊な地震」の発生には、地殻内流体の寄与が指摘されてはいるが、DLT・VLF発生域における地殻内流体の存在は確認されてはいない。
そこで、京都大学・海洋研究開発機構・神戸大学・東京大学は海陸合同の電磁気観測を実施し、南海トラフ地震発生域のアスペリティーやDLT・VLF発生域周辺の地殻内流体の有無のイメージ化を試みた。このうち海底電磁場観測には、米国EMI社によって開発されたMMT24を使用した。これはインダクションコイル型磁力計および電位差計などを備えた自己浮上式の短周期海底電位差磁力計(OBEM)である。このOBEMを9台を海洋調査船「かいよう」KYO2-12航海において海底に設置し、約10日間の海底観測の後に回収した。また同時に、東京大学地震研究所が開発した長周期OBEMも2台設置し、より深部の探査を目指した。
南海トラフを横切る地殻比抵抗構造
OBEMによって取得されたデータに対してMT法を適用し,地下比抵抗構造を求めた結果、アスペリティーと関連性のある構造を得ることができた。本研究のために、沈み込むフィリピン海プレートの上面で比抵抗が急変する条件を取り込んだ新たなインバージョン法を開発した(木村ほか、2010)。図2には得られた比抵抗構造を図2に示した。これによれば、地下深くに行くほど高比抵抗になっている。特に1944年東南海地震のアスペリティー(赤い線)は数十Ωm以上の高比抵抗には見られるが、それよりも低比抵抗な領域には伸びていない。また分岐断層(Splay Fault)など、日本列島側の地殻(付加体)内に発達する多数の逆断層も、100Ωmより高比抵抗域には認められないことが明らかとなった。以上より、アスペリティーや分岐断層の形成と地殻内の流体分布に関連性があることが示唆される=流体含有量の少ない地殻内(プレート境界を含む)にアスペリティーが形成され、流体含有量の多い付加体内に逆断層帯が形成されているようである。
一方、VLFが発生する地域=プレート境界と分岐断層に挟まれた付加体ウェッジ部分においては、比抵抗は特に低い値を示している(2Ωm以下:地殻内流体を1Ωmと仮定すれば、間隙率は約14~20%程度)。付加体ウェッジ内では、沈み込むプレートから供給される大量の水が分布していると考えられ、これがVLF発生に影響を及ぼしていることが示唆される。
図2:南海トラフ沈み込み開始直後の地殻比抵抗構造(木村ほか, 2010)。
赤い線は、1944年東南海地震の高速破壊域(アスペリティー)。
一方、陸上での電磁気観測の結果、DLTが発生している紀伊半島下のマントルウェッジ内は低比抵抗としてイメージされている(Yamaguchi et al., 2009)。またマントルウェッジだけではなく、DLT域上部の下部地殻も10Ωm以下の低い比抵抗を示している。これらより、沈み込んだフィリピン海プレートから供給される地殻内流体がマントルおよび下部地殻に分布しており、この流体の存在がDLT発生に寄与していることが推測される。
以上の結果から、海洋地殻や海洋マントルからは沈み込みに伴う段階的な排水・脱水が起きており、これらが島弧地殻・マントルの低比抵抗域やDLT・VLF域を形成しているのではないか?と考えられる。また1944年東南海地震のアスペリティー域は海洋プレートからの脱水が少ない部位(深さ)に形成されているのではないかと推測される。
…このように、電磁探査はアスペリティーの形成要因を考える上で有益であり、将来どの地域で&どの程度の巨大地震が発生するかを考える上で効果的な新しい探査手法であると言える。上記は海底プレート境界断層に適用した例であるが、陸上の内陸活断層において電磁探査を適用し、活断層沿いの地震空白域の要因について検討した実例を別ページでも紹介する。
※以上の成果については後藤ほか(2003)および木村ほか(2005)、木村ほか(2010)を参照。
詳細は業績リスト(査読有り論文)No.10、14、33を参照のこと。
海陸MT観測に基づく1944年東南海地震域深部の地下比抵抗構造
次に、地震発生帯のより深いところの比抵抗構造を求めて、地震発生帯下部(down-dip limit)におけるプレート脱水について詳しく検討する。紀伊半島および熊野灘周辺の地殻~マントルの地下比抵抗分布を得るために、本研究では陸上及び海洋でのMT調査を実施した。
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紀伊半島及び南海トラフでの陸上~海洋MT調査の観測点配置。本研究ではこのうち長周期MTデータとして陸上の2観測点(SMZ, YNK)および海底の1観測点(4L)で得られたものを用いた。また短周期MTデータとして海底の4観測点(3H, 4L, 7H, 9H)で得られたものを用いた。点線で示した領域は、1944年東南海地震の高速破壊域(Kikuchi et al., 2003)。 |
インバージョン法を用いることによって、本地域の2次元比抵抗構造モデルが見積もられた(下図)。最適モデルでは、フィリピン海プレートは沈み込み前~沈み込み直後は高比抵抗体としてイメージされた。しかし、フィリピン海プレートは、沈み込むに従って比抵抗は低下する傾向があり、1944年東南海地震の高速破壊域下限(down-dip limit)周辺では0.1S/mになることとが明らかとなった。これらの特徴は水(おそらく海洋マントルから脱水?)に関連していると考えられる。このことから、巨大地震発生は沈み込むフィリピン海プレート内部に生じた水の存在によって制御されている可能性が示唆される。
上図:南海トラフ(図中右)~紀伊半島(図中左)を横切る地下比抵抗構造モデル
(右端にカラーバー、赤色ほど低比抵抗、対数で表示)。▽は観測点位置を示している。
1944年東南海地震の高速破壊域(Kikuchi et al., 2003)、プレート境界の
固着域と遷移域(Hyndman et al., 1995)を灰色太線で示した。
破線はフィリピン海プレート上面(Nakanishi et al., 2002)。
※以上の成果についてはKasaya etl al.(2005)をご覧ください。
詳細は業績リスト(査読有り論文)No.12を参照のこと。