-地震発生帯


あらためて「巨大地震」とはなんだろう?

 日本列島に大きな災害をもたらす巨大地震。そもそも巨大地震とはどのような状況で発生するのだろうか? テレビなどで言われるように、日本列島の下に沈み込もうとする「海洋プレート」がそもそもの原因である。このため、海洋プレートと日本列島のプレートの間の「プレート境界断層」や、日本列島の地殻内の「内陸活断層」などで巨大な地震が発生する。
 ところが、地震が起きるからと言っていつもマグニチュード8や9の巨大地震になるわけではない。むしろ巨大地震が起きる場所は限られている。なぜだろうか? 以下の漫画で考えてみよう。



例えば台の上にゼリーを置いて、これを滑らせてみる。台の表面がザラザラの場合は、ゼリーを押していくと、どんどん変形していって、あるところで急にズルッとすべる。すべる量も大きい。


次に台の表面がつるつるの場合を考えよう。ゼリーを押していくと、あまり変形しないうちに、ツルッと、頻繁に滑るだろう。1回にすべる量は大きくない。



最後に台の表面が鏡のようにツルピカの場合を考える。ゼリーを押すとひっかかることなくすべり続けるだろう。
 このように台の上の「ツルツル」度合いが違うと、ゼリーの滑り方が変わるだろう。同じことが活断層についても言えるのではなかろうか? 事実、地震も活断層が急にズルッとずれる現象だが、1つの地震が起きたとき、ある断層面が一様にずれるわけではない。最近の地震観測網のデータについて、P波・S波の到達時刻だけでなく、地震の揺れの周期や大きさなど、地震の波の特徴すべてを説明しようとすると、1つの地震で断層面のどの部分がどれくらいすべったが分かってくる。その結果、地震に伴って断層が大きくずべる(ずれる)場所は”断層全体のほんの一部分らしい”ことが分かってきた。このように一口に「地震」といってもその発生の様子は複雑であり、この複雑さは「活断層」の特性によって決まっているのではないか?と近年は考えられている。


アスペリティーと非アスペリティー

 そこで、通常は強く固着しているが、地震の際に大きくすべる断層の箇所を「アスペリティー」と呼ぶこととした。同じ断層なのに、なぜこのような「アスペリティー」が存在するのだろうか? 上の漫画と同じことが断層面でも起きているのではないか? という想像をすぐに思いつく。すなわち
○アスペリティー
 
=断層面がなんらかの理由で滑りづらい
=地震の時にバリっと割れる!=大地震!
○非アスペリティー
 
=普段から断層面はチョイチョイゆっくりとすべっている
=歪みがたまらない=大きな地震がおきない
アスペリティーでない部分は「非アスペリティー」あるいは「ゆっくりすべり域」と最近は呼ばれている。一方、アスペリティーは「断層固着域」とも考えられている。この「ゆっくりすべり域」と「アスペリティー」は断層面上で棲み分けているようである。


 実際に、東北沖では、プレート境界断層の「くっつき度合い」が観測によって明らかになっている。沈み込む海洋プレートは、日本列島側のプレートと押し合いへし合いしており、そのプレート境界で海溝型巨大地震が発生すると考えられている。ただ、この海洋プレートと日本列島側のプレートは沈み込みの初期から地下深くまでベターっとくっついているわけではなさそうで、「ある深さからある深さまで」が固着しているようだ。固着していないところは比較的安定にすべる領域であり、巨大地震を起こす場所ではないだろう。
 このプレート間の固着域の浅い方の限界深度をUp-dip limitと呼び、深い方の限界深度をDown-dip limitと呼んでいる。Up-dip limitは沖合にあるため、その位置を正確に知ることは現時点では難しい。一方、Down-dip limitは陸域の下に位置するため、陸上のGPS観測からある程度明らかになっている。

 例えば東北地方では、GPSの水平・鉛直方向の変位成分全てを用いて固着している箇所が求められている(図)。これによれば、沈み込む太平洋プレートと東北日本のプレートはなんと、深さ50-60kmまでは固着しているようだ(固着程度の緩いところもあわせると深さ100km程度まで!)。しかも興味深いことに、岩手県沖では固着度合いが下がるようである。岩手県沖は小さい地震が常に発生しているところであり、固着度合いの結果と整合的である(※1)。
 しかしなぜそのような深いところまで、どのようなメカニズムで固着するのだろうか?また岩手県沖だけなぜ固着程度が低いのであろうか? 同じプレートが沈み込んでいるのだから(沈み込み角度が地域によってローカルに大きく変化していなければ)、温度・圧力条件は概ね同じではないのだろうか? だとすれば沈み込む前の太平洋プレート側に何らかの地域的な違いがあるのだろうか?まだそのメカニズムは明らかになっていない(※2)。

  図:プレート間の固着程度。
  赤いほど高い(※3)。

※1:上記の解説文は(そして※3の論文も)、2011年の東北地方太平洋沖地震発生前に書かれたものだ。その頃は、宮城~福島沖では岩手県沖と違って小さな地震も大きな地震も発生頻度が低めであった。当時は「福島沖はプレート間が固着しておらず、ズルズル滑っている」と信じられていたが、しかしそれでは上図のGPSから求められる固着度とは矛盾する。どの研究者も何故なんだろう?と思っていたが、2011年の地震がすべてを教えてくれた。つまり宮城~福島沖は「固着していた」のであり、GPSデータは我々にそれを告げていたのである。
※2:岩手県沖合(海溝より向こう)では、プチスポットと呼ばれる特異な火山活動も見られるようだ(http://www.kazan-net.jp/hotvolcanology/No1petitspot.html)。海溝よりも沖合の海底に、巨大地震発生の鍵が眠っているのかもしれない。
※3: Suwa, Y., S. Miura, A. Hasegawa, T. Sato, and K. Tachibana (2006), Interplate coupling beneath NE Japan inferred from three-dimensional displacement field, J. Geophys. Res., 111, B04402, doi:10.1029/2004JB003203.


アスペリティーの「実態」を電磁波を用いて探る

 ではアスペリティーの「正体」は何だろうか?=なにが断層面上にアスペリティーや非アスペリティーを作るのだろう? 原因の一つとして断層面上の凹凸が考えられる。しかしながら、活断層では繰り返して地震が起きており、その度に断層面はすべるため、そのような凹凸を長年維持し続けることは難しいのではなかろうか?(ある程度時間が経てば、ツルツルになってしまう?) 
 別の原因として、断層面上での地殻内の流体(水などの液体)の存在が考えられる。断層面上の流体の圧力が高くなれば、流体は断層面を押し広げる働きをし、結果として断層面をすべりやすくする=非アスペリティーを形成しうる。逆に、アスペリティーは地殻内の流体が少ない場所ではないかと想像される。
 そこでこの仮説を確かめるために、陸上や海底の活断層で比抵抗構造調査を実施した。岩石の電気伝導度は流体の有無に対して敏感に変化するため、地震発生帯やその周辺の地殻内の流体分布が明らかになるというわけである。


沈み込み帯での電気伝導度構造調査の模式図。

そこで実際に下記の探査例の紹介を通じて、上の模式図が正しいかどうか考えてみよう。